高知地方裁判所 昭和41年(わ)143号 判決 1966年5月20日
被告人 金子栄
主文
被告人を懲役二年に処する。
未決勾留日数中五〇日を右本刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は中学卒業後、大阪や東京方面で工員、土工などをして働き、昭和三八年夏頃からは定職をもたず徒遊しておつたものであるが
第一同四〇年一二月二九日から同四一年一月三一日までの間に、前後五回に亘り別表(一)記載のとおり中村市桜町中村中学校分校東側路上に駐車中の軽四輪車内ほか四カ所において、近藤玄ほか四名所有の合オーバー、マフラー等計一二点(時価合計三六、一三五円相当)および現金一、二〇〇円位を窃取し、
第二(一) 同年二月四日頃の午後九時頃、高知市新市町一四九番地旅館「トミヤ」こと松居糸恵方において金二〇〇円を所持しているだけで宿泊代金を支払う意思も能力もないのにあるように装つて、同女に対し「今晩泊めてくれ」と申し向け、同女をして宿泊後即時代金の支払いを受けられるものと誤信させて、翌五日まで宿泊し、もつて宿泊料金一、一二四円に相当する財産上不法の利益を得
(二) 同月六日頃の午後六時頃、同市片町三〇番地旅館「泉荘」こと芝菊恵方において、所持金がなく宿泊代金支払の意思も能力もないのにあるように装つて、同女に対し「今晩泊めてくれ」と申し向け、同女をして宿泊後即時代金の支払を受けられるものと誤信させて、翌七日まで宿泊し、もつて宿泊料金一〇〇〇円に相当する財産上不法の利益を得
(三) 同月八日頃の午後八時頃、同市水通町一丁目三五番地旅館「三勝」こと宮本ツル方において、金二〇〇円余りを所持しているだけで宿泊代金を支払う意思も能力もないのにあるように装つて、同旅館手伝い大道良子に対し「今晩泊めてくれ」と申し向け、同女をして宿泊後即時代金の支払いを受けられるものと誤信させて、翌九日迄宿泊し、もつて宿泊料金一、〇〇〇円に相当する財産上不法の利益を得
第三日本銀行発行の銀行券を表裏に剥離し、その各々を真正な銀行券のように装つて金品を騙取しようと企て日本銀行発行にかかる額面百円の銀行券三枚及び額面五百円の銀行券一枚をそれぞれ爪で表裏に剥離(表、裏各四枚)した上、別表(二)記載のとおり、昭和四一年二月一〇日頃から同月一五日頃までの間に、前後七回に亘り、同市梅の辻一四一の一野本寿広方ほか六カ所において、野本智子ほか六名に対し、右表裏の各部分を、絵のある面が外側に来るようにして四つ折りにし、恰かも真正な日本銀行券を四つ折りにしたもののように装つて差し出し、同女等をしてそのように誤信させた上それぞれ即時同所において、煙草、みかん、パン、マツチ(時価計一八七円相当)及び釣り銭名下に現金計九〇三円を交付させてこれを騙取し
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示第一の各所為は刑法二三五条に、判示第二の各所為は同法二四六条二項、一項に、判示第三の各所為は同条一項に該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により、犯情の最も重い判示第三の(七)の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち五〇日を右本刑に算入し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。
(本位的訴因に対する判断)
検察官は、被告人が判示のとおり、百円券及び五百円券の表と裏を剥離した行為をもつて、通貨偽造であるとし、従つて、その後、被告人が右のようにして剥離した百円券又は五百円券の表の部分又は裏の部分を、野本智子ほか六名に各交付した行為は、それぞれ偽造通貨行使になるとして、通貨偽造、同行使罪の本位的訴因で本件起訴に及んでいる。
元来、通貨偽造罪にいう「偽造」とは、一般人をして一見真正な通貨と誤認させる程度の外観を有するものを作成することであると解されるところ、作成されたものが、一般人をして真正な通貨と誤認させるに足る外観を有するか否かは、もとより作成されたもの自体について客観的に観察されなければならない。
これを本件に徴すると、被告人はもともと銀行券の表裏を剥離したものを、そのまま、使用する意図で銀行券を表と裏に剥離し、何らの加工もせずに使用したものであつて、かように剥離されたままの表又は裏の部分は、真正の銀行券と誤認させる程度の外観を有しない(表又は裏の印刷のみで、すき通るようにうすく、はがし方がまずくて破れているものさえある)ものというべきであり、従つて被告人の行為は、通貨偽造にも偽造通貨行使にもあたらないというべきである。
本件においては、被告人が判示のように巧みにこれを折りたたんで使うという詐欺的手段を用いたために、相手方がこれを真正の銀行券と誤認しているのであるが、このことは右の判断を妨げるものでないことは勿論である(なお付言すると、通貨偽造罪における「変造」とは、真正の通貨に加工して通貨の外観を有するものを作ることであると解されるところ、本件では外観に重大な変更を加えているのであるから変造にもならない)。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 白石晴祺 下村幸雄 館野明)
犯罪(窃盗罪)一覧表<省略>